21日 一応目覚ましを携帯のバイブレータで仕掛けておいたので車掌に起こされることはなかった。
    車掌さんは見に来てはくれたけど。
    追分でおりるとなんと、私一人だけ。それっぽい人が何人か乗車してるのは見たのだけど。
    釧路のまりも号に合わせてあいていたキオスクで確保した食糧を追分駅で消化。
    その間に、パン屋さんや新聞屋さんがキオスクに荷物をおいていくのを物珍しそうに見ている。
    しばらくすると1番線に夕張行き始発がしずしずと入ってきた。さっさと乗り込む。
    すると、あと二人乗り込んできた。
    新夕張駅に着くと全員おりてしまう。一人がホームに残り、一人はさっさと出ていく。この残った人。同好の徒であった。

(手振れが悔やまれる・・・手振れかなぁ・・・あとで解ったんだけど、一眼レフのレンズがずれてピントが・・・)
    いったん無人の改札を出てストーブに当たり、出発の10分前にホームにあがる。丁度、扉が開いたところだった。

    私たちは車両に乗り込む。すると、運転士は・・・・クロスワードっぽいのを解いていた(--;
    (あとでクロスワードと判明)
    定刻2分前に雑誌をしまい込んだ運転士は気動車をゆっくりと発車させ、楓駅に向かう。
    楓駅に入線。ATSが鳴り響く。ふと見ると、ホームに三脚が一脚。車で攻めてきた人だった。

(末期の一日一本)
    一通り撮影会が済むと運ちゃんと3人で少し談話。同好の徒たる彼は関西から来たそうだ。

(端に写ってるのが関西の彼・・・どいてくれたのに入っちゃいました。ゴメン・・・)
    車で攻めてきた人は出発の写真を撮るべく三脚の設置に忙しいらしく関わってこなかった。
    と、おばちゃんが一人乗り込んできた。運ちゃんいわくに通勤に利用しているただ一人のお客らしい。
    その他は、私たちのような「物好きな人」が何人か乗る程度という。

(楓駅三番出発進行)
    その後、新夕張に戻って硬券とオレンジカードを確保し、彼は千歳空港へ。私は夕張へと向かう。
    いったん清水沢でおりて、腕木式信号機とキハを絡めて撮る。そして、新夕張から来た汽車にのって夕張へ向かった。

    夕張でおりるときに判明したのだが、なんと、その運ちゃんは件の運ちゃんだった(苦笑
    こっちもびっくり、あっちもびっくり。
    夕張では食料の調達が難しく、なんとか商店を見つけて確保。駅の中で食らいつく。その後、ホテルの休憩室に居座ってこれを書いている。
    さてはてこの後どうなるのか・・・。

    いたたまれなくなり、夕張駅に引き返す。この駅、暖房がないので、偉い寒い。しかも、扉に雪が挟まって閉まらないのですきま風ひゅーひゅー。初めて歯が鳴りました。

    夕張駅に来た気動車も同じ運ちゃん。すこし、話をして(温泉しかないんだよね、ぶっちゃけみたいな話)のんびり新夕張まで行く。
    新夕張から特急で南千歳に向かおうとしたら、来るまで列車の中で待ってればとのお言葉。甘えさせていただく。
    ここで、鉄道と雪の戦いについての愚痴を数分お説に預かる。さりげなく清水沢の話を振ったら夕張支線は単一閉塞化したいみたいだと言われた。やっぱり。
    腕木式信号機の未来はない。ちなみに、運ちゃんはそういうのには興味がないらしい(趣味はクロスワード?)
    その他、K県のFZ社に出向していたとか・・・あたしK県出身・在住だからね(苦笑
    特急に乗って新夕張まで行き、駅員に食堂は?と聞いたら、ないよとのこと。(昼タイムなら向かいのビルの1Fがと残念そうにおっしゃっておられた)
    仕方がないので、キオスクの駅弁にかぶりつく。
    で、釧路行きの特急を待ってたら、千歳発夕張行きの鈍行がやってきて、やっぱりというかなんというか、件の運ちゃん。
    「まだいたの?この列車にずっと乗ってればよかったじゃん」
    お説ごもっとも。ここまで縁深いと何かを感じずにいられない。(--;
    O内さん、ご健勝をお祈りしています。
    その後きた特急で釧路まで3時間。寝るけど疲れはとれない。
    釧路で名物豚丼を食し、東急INで休みを取った。
    ここで、いったん外出して翌日の利尻号の指定券を寝台に変更。
    このときにみどりの窓口のお兄さんが、「上と下どちらがいいですか?両方ありますよ」と、右手に下段、左手に上段の指定券を持ってにっこり・・・白い歯がきらーーーーーん。うう、こびりつきました・・・。あうあう。

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