23日 さて、ついたはいいけどろくすっぽどうするか考えてなかった。
    そこで、どうせだからと宗谷岬に行くことにした。
    で、いった。写真撮った。なにもなかった。終了。

(記念碑)

(雪まみれの間宮さん)

(流氷とけて~♪)

(多分最北端のバス停)
    そんなもんかね。

    稚内に戻ってかにラーメンを食べてみるが、どの辺が蟹なんだかわっぱりわからず。

    で、サロベツ号で札幌に戻る。

    この間の沿線風景の方が感動的。サロベツ号にはキハ183系が投入されており非振り子式。で、利尻のように客車は連結していないので飛ばす。
    この結果、揺れる揺れる。
    ただ沿線風景は一品にして絶品。
    川に沿って原野を走る。砂丘の風紋は有名だが、雪にも風紋が出来ることを知った。
    砂丘ならぬ雪丘は幻想的。そして列車の巻き上げる雪。太陽の光が反射して簡易ダイヤモンドダスト。
    それが容赦なく延々と続く。飽きても続く。容赦ない。
    言い換えれば人気が皆無。真っ白な山に黒い木々。季節が異なればまた、違う顔を見せるのかもしれない。
    北海道は比較的早く訪れる、紅葉の季節なども絶品だろうし、新緑も映えるだろう。
    運行する側に追っては邪魔でしかない鹿イベントもあるそうだ。残念ながら遭遇はしなかった。
    運行サイドには迷惑な話だろうが。
    サロベツには電源端子がついているのもうれしい。ノートPCを充電できる(苦笑
    宗谷北線を走っている内に日は落ちるのであった・・・(マジ
    (宗谷北線は名寄から稚内まで)
    そうこの人のことを忘れてはならない。
    宗谷岬で出会ったおばちゃんである。写真を撮ってもらえませんか?
    そういってきたおばちゃん。宗谷岬でのルートがたまたま似ていた(写真を撮って挙げていたからというのもあるけど)ためか、結局おみやげ館に行くまでの間一緒だった。
    稚内に戻ってくると別々になったのだけれども、サロベツ号の改札を済ませて駅の写真を撮っているとおばちゃん再会。
    しかも、2号車2番A席。わたしはD席。縁深い・・・。
    旭川で降りて行かれたが、ご健勝であることをお祈りします。
    さて、その後、札幌に着いて駅弁をそうそうに買い込み22分の乗り換えで寝台特急北斗星4号に乗り換え。
    一路本州を目指して出発である。家に着くまでが遠足。そこまでこの日記は続く。

24日 


まとめ、
こうしてみると結構いろんな人にお世話になった旅だった。
藻岩山登山のおじいちゃん(79)
新十津川でバス停の位置を教えてくれた着物屋のおばちゃん
早朝確認に来てくれたまりも号の車掌さん
夕張近辺の気動車運転士のO内さん
新夕張駅の親切な駅員さん
発券時のにこやかな笑顔が今もこびりついて離れない釧路駅のみどりの窓口の職員さん
運行中にもかかわらず最新情報を教えてくれた石北線の運転士さん
宗谷岬で会ったおばちゃん

たかだか7日の一人旅でもこんなにお世話にしかも気持ちよい関わり合いが出来たことに感謝するばかりです。
関東だと、そっけなかったり、いやな顔をしたり・・・そんな人ばかりですが、実は日常の片隅にこういった人々が居るかもしれません。
旅行先だから、気がつくのかもしれません。
旅行は癒しですが、旅行先の人たちが自分たちのところに来たときに、同じように癒しを提供できるのか?
そして、その癒しは日常の中に隠れているかもしれません。
今回は、鉄道旅行だったので、関わった中で印象に残った人も鉄道員が中心です。
でも、考えてみて、車旅行だったりバイク旅行だったりしても、結局同じなのではないか・・・と思います。
気持ちよく旅行をさせてもらいました。今度は、私たちが返す番だと思います。
この気持ちを忘れずに日常を過ごしたいですね。

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