相模線西寒川支線
(2003年10月19日訪門,2003 年10月23日記)

我が家の側に(といっても、歩いてすぐとかと言う訳ではないので悪しから ず)一部で有名な廃線がある。表題の西寒川支線である。末期は一日4往復というから、腐っても首都圏の路線とは思えない退廃振りである。
西寒川は昭和63年3月31日に廃止になった。この西寒川駅最終列車に乗車したのだが、このとき小学生であったので暗い中をキハ30系が轟音を唸らせなが ら走った覚えしかない。西寒川駅にはちょくちょく祖父(健在(苦笑))のスクーターに乗せて貰っていった覚えがある。そんな、廃線後を犬の散歩がてらに 追っかけたので掲載してみたい。
なお、地図的には以下のようなイメージである。
青線が有名な西寒川支線。赤線は四之宮支線時代の軌道を推定したものである。詳細は写真とともに説明する。
地図

四之宮貨物駅跡?
四之宮駅?
この右手が四之宮駅跡。その奥のいかにも工場な三角屋根が新明和工業。
なぜここと断定するかというと、この手前(南側)で堤防と道路が接近するため。
(この位置でただしいとの情報をきんたSr様から頂きました。ありがとうございます。)
ここから八角広場まで自転車で向かったが、下水にも橋の跡があるわけでもなく道路と堤防の配置からなんとなくというのが実情。
この駅は、相模川の河原の砂を採取するために設営されたもようで、戦時中はここからひっきりなしに貨物列車が走っていたのであろう。
そういわれると、ヤードが目に浮かんでくるようである。

西寒川駅跡
西寒川
西寒川跡です。若干、露出オーバーですがご勘弁を。安物で写したので(苦笑
八角広場になっているが、変な小屋がある辺りに改札があったと記憶している。あとはレール沿いにやる気のないホームがへろへろ〜〜と。

海軍工廠
こんな記念碑?が一応立っている。この間、海軍工廠の毒薬が相模縦貫道路の工事現場から発掘されて大騒ぎしていました。

四之宮方面
四之宮方面をうかがう。道路の右にレールがあったとすれば不思議でない地形である。

バス折り返し場
廃止直後は八角広場に西一ノ宮バス停(神奈川中央交通)があり、この隣の広場で折り返していた。今ではただの空き地。
八角広場にあるバス停は、八角広場前になり、西一ノ宮は一ノ宮側に移転した。

廃線跡(一ノ宮公園)
一ノ宮公園
昔の面影を残す一ノ宮公園。木の枕木がぼろぼろ…。
この公園、昔はアスレチックがありよく自転車で遊びにきたものであるが、今では普通の公園になっている。
まぁ、穴場かもしれない。結構雰囲気は良い。
そういえば、昔ここに駅票もどきがあり、西寒川方面に「八角広場」、寒川方面に「ゲートボール広場」と書いてあった。
どうやら、後者は立ち消えた模様であるが…。

寒川駅
寒川駅
右側の車止めのあるレールが西寒川支線の名残と誤解されている方が多いようである。
この先でいったん本線の合流し、その後再度分岐していた。右の路線は貨物扱いの名残。
マヤ検が待機していたりすることがあったが、今はどうであろう?

今回のお供
よし
当家の愚犬「ヨシ」。前を向こうとしやがらない…。

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